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Vol.23

まちづくりの基本は防災と子育て.助かる命を助けられるまちに

尾藤 寿実 さん (70歳) 川辺

2019年12月21日(土)

自主防災組織が中心となって早めの避難を実施

 真備町史には水害史の章がわざわざ設けられ、詳細に記述されています。そのような自治体史は少なく、真備町は水害の多い地域なんだと知りました。まちづくりの基本は子育てと防災だと考え、15、6年前から町内に声かけをし、5年前に自主防災組織をつくりました。300ミリ以上の雨が降ったら注意が必要というルールのもと、災害時要配慮者の避難についても事前に相談していました。団地のそばにある3階建ての介護施設とも連携し、洪水が起こるようなことがあれば緊急避難先として受け入れてもらえるようお願いしていました。その代わりに施設に入居されている要介護者の方が階上にあがる手伝いをさせてもらうことにしていました。今回の水害時には、5日には自主防災組織として相談をはじめ、情報収集をしていました。6日に旧倉敷市内などに親戚のいる人や要配慮者の方には、早めの避難を促しました。7日の6時頃に小田川を見に行き、その時にはじめて箭田の辺りが水に浸かっていることを知りました。これは尋常ではないと思い、川辺にはまだ水が来ていませんでしたが、団地内に残っている人は、緊急避難先としていた介護施設に避難するよう声かけし、おにぎりを作って全員避難しました。その後、末政川が決壊し、あっという間に地域全体が浸水したことには本当に驚きました。

 

災害時要配慮者の犠牲は二度と起こしてはならない

 真備町で亡くなられた51人の方の多くは災害時要配慮者でした。二度とこのような悲劇は、日本全体で起こしてはならないと思います。私には、これから一生忘れられなくなるだろう後悔があります。亡くなられた方の中にともに障害のある若い母子がいました。この親子のことは私の家とすぐ近くでもあり、お子さんが、私の孫と同じ保育園に通っていたので私は知っていました。保育園の保護者会でも彼女たちを見守っていましたし、社会福祉協議会や福祉事業者がサポートしていました。しかし、コミュニケーションが苦手だからと、彼女は住んでいる町内会には加入していなかったそうです。総社の爆発が起こったとき、私はあの親子は避難しているだろうかと気にかかりました。彼女たちは、どこへ避難したらよいかわからないだろうし、車もなく避難する手段がないので、自分たちだけでは避難できなかったはずです。しかし、日頃から支援している福祉事業者が町内にあるので連絡して避難させているだろうと思い、私自身は彼女のところへは行かなかったのです。徒歩5分の距離にあり、私の家に連れてきてもと思ったけれど、私は行かなかった。3日後に亡くなったことがわかり、頭を殴られたような大きなショックを受けました。助けられた命を助けられなかったのです。川辺地区では7人の方が亡くなりました。私と同じように大きな後悔をしている人がいます。そこを原点にこれからの防災、まちづくりは取り組まないといけないと思います。最近、想うことは「正しさ」だけではいけないということです。民主主義はいくつもの「正しさ」が共存することが前提ですが、最近の〜ファーストが流行し、「正しさ」の衝突が生じるようになりました。その点「やさしさ」からは衝突は生じません。「やさしさ」の視点から人を見て、考えて、行動していきたいと思います。

 

(聞き手:矢吹、石塚)