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Vol.21

真備ほどいいところはない。20年後に小さな楽園を。

吉田勤さん (73歳)・白神知栄さん(51歳) 川辺

ヨシケングループ 

2019年10月13日(日)

早めの避難を実行。近所の方たちと助け合いました

市が指定している避難所は遠くて、高齢者などは避難できる場所ではないことを把握していたので、平屋や木造の老人ホームの入居者は、同じ系列の鉄筋コンクリート3階建てのシルバーマンションひまわりへ避難することを事前に決めていました。年に4回は避難訓練を実施していました。5日の気象庁の発表を聞き、尋常ではない雨が降ることを認識していました。老人ホームに入居されている方は、認知症の方であったり、体が不自由であったりと、自分で避難することが困難な方ばかりです。6日の19時の時点で避難を開始し、21時には全員、シルバーマンションひまわりに避難を完了しました。日頃から老人ホーム間で交流をしていましたので、入居者の方同士は顔見知りで、各人の個室にもう一人ずつ入っていただきました。最初は2階に避難していましたが、2階まで水が来るかもしれないと3階へ移動しました。隣の団地の住民の方々がシルバーマンションひまわりのへ避難されていたので、住民の方が車いすの人を担いでくださり、3階へと避難することができました。自衛隊の方が救助に来てくれましたが、緊急を要する方2名を除いて、周辺の家屋の屋根で救助を待つ住民の方を優先してもらいましたので3日目のお昼に最後の方が救出されるまで、みんなで助けあって過ごしました。

 

地域の危機管理は十分ではなかった。

このあたりの過去の災害の教訓は内水氾濫でした。誰も小田川や末政川が決壊するとは思っていませんでした。水が浸かっても床下くらいだろうと思っていました。多くの住民はハザードマップがあることは知っていたし、見たことはあるけど、内容までしっかり理解し、活用することまでは知らなかったと思います。私たち自身も反省しないといけませんが、行政からもっと丁寧な説明があってもよかったのではないかと思います。また末政川の決壊の要因となった陸閘の管理は、昔は地域の消防団が行っていました。しかし、消防団の活動が弱小化し、今は市が事業者に管理を委託しているため、機敏な対応ができていないように思います。

 

町民が戻らないと復興ではない。真備を楽園にしたい。

多くの方がみなし仮設に入居され、真備町以外でバラバラに暮らされています。真備町が少し落ち着いてきたので、町内の借り上げ住宅に引っ越したいと思っても、転居するとみなし仮設として認められず家賃が発生してしまいます。真備町に住民が戻らないと復興はできません。制度を緩和するよう国に働きかけてほしいと思います。真備町ほどいいところはないと思っています。水は豊かだし、山があり空気がきれいです。吉備真備公の故郷であり歴史文化もあります。災害で生まれた絆を大切にし、コミュニティを強化し、20年後、30年後に真備町を楽園にしたいです。

 

(聞き手:矢吹、石塚)