Vol.16
人は人に救われる。自分の心を詠むことで、生きるエネルギーに
田辺 光子さん (69歳) 有井
避難先:倉敷市川入
2019年3月30日(土)
夜が明けたら町は海だった。水害の経験は一度では語りつくせない
6日の夜、総社の爆発が起きるまでは危機意識はありませんでした。でも爆発音は、雷でもない、地震でもない、天変地異が起きたと感じ、すごい恐怖でした。家族とともに薗小学校へ避難しようとしましたが人が多いと聞き、クリーンセンターへ避難しました。情報が入らない中、車の中で夜を明かし、空が白み始めて高台から町を見てびっくり。まさに海でした。我が家は屋根しか見えませんでした。
水害の経験は一度では語りつくせるものではありません。時間が経つと気持が落ち着いてくるのですが、昨日のことのようにつらい気持ちが湧き起こることもあります。水害後しばらく、卵焼きを作ることが怖かったです。フライパンに卵が広がっていくのを見ると、真備の町に水が広がる様子とシンクロするのです。「こういう風に家が水に浸かったのか」と想像をしてしまい、怖くて、悔しくて涙が止まりませんでした。
3ケ月くらい経って、少し落ち着いてきた頃に、実家の母の調子が悪くなり亡くなりました。認知症を患っていた母には水害のこと、家を失ったことは伝えていませんでしたが、私が落ち着くのを待ってくれたように思います。最後は本当にいい笑顔でした。
人がかかわってくださることで元気になる
総社の弟の家に家族3人避難させてもらい、そこから真備へ通って約2週間で片づけを終えました。弟家族や親せきや友人、次男の仕事の同僚や夫の元同僚など、毎日毎日大勢の方が手伝いに来てくださいました。2年前に亡くなった長男の友人も来てくださいました。息子はもういないのに。とても温かいものを感じ、本当に嬉しかったです。
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「手伝いをさせてほしい」と訪(とぶら)いて亡き子の友は軍手をはめる
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声をかけてくださること、手紙をくださること、物資を送ってくださることなど、人がかかわってくださることで元気になりました。人の思いやりや優しさが、ありがたく身にしみて感じています。
歌を詠むことで、自分の心を整理する
趣味で短歌や俳句を詠んでいます。泣いてばかりいた時に、友人が水害で失くした歳時記を買って送ってくれました。そして再び投稿を始めました。
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仮住い 新酒の青き瓶飾る
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仮住まいであるということが頭からはなれない。でもいただいたお酒の瓶がとても素敵で、アパートに飾り、見るたびに気持ちが落ち着きました。
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待ち詫びる 解体の日の
決まりたり 韮の小花に秋の蝶飛ぶ
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我が家の解体の日が決まったことは、ウキウキとした嬉しいことではないですが、ようやく一歩前に進めるようでした。災害直後は虫一匹もいない死んでしまったような町でしたが、再び蝶が群れ飛んでいる様子に生命の息吹を感じたのです。歌を詠むことは生きるエネルギーとなっています。
(聞き手:矢吹、石塚)