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Vol.1

毎日、真備に戻っています!みんなが戻ってくるのを待っています!

穂井田 音一さん(73歳)箭田 / 避難先:倉敷市平田

妹尾  厚男さん(84歳)箭田

2018年11月11日(日)

「なんとか助かりました」

(穂井田さん)豪雨の当日6日の夜、雨が強くなり始めた頃には就寝していましたが、総社でおこったアルミ工場爆発の音で目が覚めました。庭に置いていた植木鉢が水に浸かってしまってはいけないと思い、庭に出て、片づけをはじめました。家族から「そんなことをしている場合ではないよ。早く2階へ上がって!」と声がかかり、自宅の2階へ避難しました。

(妹尾さん)この辺りは、昭和40年代頃は年に数回は、国道のあたりまでよく浸水していました。なので、6日の夕方5時頃に、このまま雨が続くと浸水するのではないかと予感し、車を山手に避難させました。近所の人は、「何しよってん?」と不思議がられました。その後、夜、何かこれまでとは違うと感じた時には、既に膝下くらいまで浸水していました。自宅の2階に避難しましたが、みるみるうちに水位があがってきて、胸の下あたりまで水がきました。命の危険と感じ、屋根に上がろうと、ベランダの屋根を破り、家の屋根へ上へと避難しました。

私の妻は足が悪く、一人で動くことができません。その日は、たまたま孫の友人が2、3人遊びに来ていました。タオルなどをロープにし、妻の脇に引っかけて、大学生の男子3、4人がかりで、屋根へ引き上げ避難させました。もし孫たちがいなかったら、私と2人では、妻は避難できていなかったと思います。

 

「毎日、真備に戻ってきています。」 

穂井田さんは、現在、倉敷市平田の見なし仮設住宅に避難しています。同居していた息子夫婦とは別々の見なし仮設住宅です。2階まで浸水した自宅は解体し、再建される予定です。穂井田さんは、ほぼ毎日、見なし仮設住宅から真備の自宅に戻り、手塩にかけて作り育てた庭木を、家屋の解体工事の影響のないところへ移設する作業をされています。大きな門かぶりの松を移設する時は、たまたま通りかかった岡山マインドこころの矢吹さんに声をかけて手伝ってもらったそうです。でも全部は移設できないと少しさみしそうに語られました。

 

妹尾さんは、建設関係の自営業を営まれていることから、いち早く自宅の一部を復旧させ、4日後には自宅に戻り、町内の被災した家屋の復旧事業に奔走されています。「早く真備の住民が戻ってきてほしい。」でも「元に戻るには10年はかかるかな」

 

「(おまけ)真備の筍 」

真備町では30年前くらいまでは筍の産地として産業が成り立っていました。その後、中国等からの輸入筍に押されて、商売としては難しくなっています。しかし、“真備の筍”の美味しさは健在で、産直などで販売されており、百番台筍に出会ったらラッキー(特に美味しい!)なのだそうです。復興にあたって何かに活用できるといいなと思いました。

 

(聞き手:矢吹、石塚)